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【博多川の風物詩】もうすぐ「飢人地蔵尊夏祭り」。博多の町を守った享保の大飢饉の歴史と、受け継がれる想い

みなさん、こんにちは!博多川下り広報担当です。
少しずつ夏の気配が濃くなり、博多川周辺も賑やかな季節が近づいてきました。
さて、博多川下りの船からも見ることができる「飢人地蔵尊(うえにんじぞうそん)」。
毎年この時期になると、地元の皆さんによって盛大な夏祭りが執り行われます。
「飢人(うえにん)」という少し珍しい名前の地蔵尊。
実はこのお地蔵様には、江戸時代に起きた「享保の大飢饉(きょうほうのだいききん)」と、
博多の商人たちの深い絆の物語が眠っているのをご存じでしょうか?
享保の大飢饉と、博多川に流れ着いた人々
今から300年ほど前の江戸時代中頃(1732年)。
冷夏や悪天候、そして大発生したウンカ(害虫)の影響で、西日本を中心に歴史的な大冷害と稲不足に見舞われました。
これが「享保の大飢饉」です。
当時、福岡藩でも深刻な食料不足となり、食べるものを求めて多くの農民や人々が博多の町へと押し寄せました。
しかし、行き場を失い、餓死した人々や息絶えた子供たちが、この博多川の川端に数多く打ち上げられるという悲痛な事態が起きてしまったのです。
人々の苦難を放っておけなかった「博多商人」の温かさ
その惨状を目にした博多の町衆(商人たち)は、深く心を痛めました。
「見ず知らずの人々であっても、命を落とした魂をこのままにはできない」
博多の商人たちは自発的に協力し合い、打ち上げられた人々の遺体を丁寧に引き揚げて手厚く供養しました。
そして二度とこのような悲劇が起きないよう、そして亡くなった方々の冥福を祈るために建てられたのが、現在の「飢人地蔵尊」なのです。
自分たちも決して余裕があるわけではない中で、困っている人に手を差し伸べ、行き倒れた人々の冥福を祈った博多の人々の優しさと粋な心。
飢人地蔵尊は、そんな博多の誇りある「助け合いの精神」を現代に伝える大切な場所でもあります。
歴史に思いを馳せながら、博多川下りを楽しんでみませんか?
もうすぐ訪れる「飢人地蔵尊夏祭り」では、地元の方々によって提灯が飾られ、静かな博多川の風景に華やかな彩りが添えられます。
どんこ舟の揺らぎに身をまかせながら、川沿いに佇む飢人地蔵尊を眺めると、いつもとは少し違った「博多の歴史の深さ」を感じていただけるはずです。
「あの場所には、博多の人々の優しい心が眠っているんだな」
そんな歴史のストーリーを胸に、ぜひ船上からの景色を楽しみにいらしてくださいね。
船頭・スタッフ一同、皆さまのお越しを心よりお待ちしております!



